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zoom RSS 六谷山 1398M 1等 有峰湖(東茂住) 山系・立山>薬師岳 2001.6.3.

<<   作成日時 : 2015/04/22 12:17   >>

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2007.4.15.、点名・長棟1692.1Mから六谷山。


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起点(茂住峠頂上)・832>948・1374P南西JCT>1105・六谷山1397.6M・1236>1330・1374P南西JCT>1437・起点


神通川の支流長棟(ながと)川の源流部には、かつて鉛、銀を産出した神岡鉱山長棟鉱があった。これは、江戸時代前期、寛永年間(1624〜1644)に開発され、昭和は1935年に廃坑となったが、最盛期には300戸程の集落を形成し、その間長棟川沿いの道は、越中裏街道として茂住峠を越え、現在のR41越中街道に連結していた。六谷山はその茂住峠の北にあり、この裏街道が通る長棟川へと向けて、六条の谷を落としていたことからこの名がある。現在、山頂西の肩に中電の反射板があって、その巡視路が茂住峠の頂上から出ている。
 この山は、茂住峠の頂上から、この反射板の巡視路で往復した。東茂住から茂住谷へ入り、やがて大津山鉱山への道を分けると、路面が酷く荒れて来たが、自然林が鬱蒼として、ブナ、ミズナラ等に老大木が散見されるようになった。先行していた四駆に追い着くと、ランデブーしてチンタラと走り、やがて茂住峠の頂上となると、その四駆も、ここで車を停めた。中から現れたのは、山菜採りの人たちで、「なにが採れるのかな・・・」と訊くと、「タケノコが・・・」と言って、顔を綻ばせた。
 彼らが林の中に消えると、反射板の標識脇から巡視路に入った。すると、僅か先に地蔵が二体。ブナ、ミズナラ、シラカバ、ナツツバキ、コシアブラ等々、瑞々しい新緑の自然林の中、イワカガミが群落して咲く道を行くと、そのうち山菜取りの人たちの声も聞こえなくなり、ぼくたちの足音と、野鳥たちのさえずりだけの世界となった。
 ブナに大木が散見されるようになると、ことごとく古いものであったが、至る所でクマの爪痕。1270Pから平坦に続くようになると、ムラサキヤシオ、ナナカマド等、中、低木帯となり、展望の尾根歩きとなった。この辺りまだ、タムシバが咲く、早春の山。野鳥のさえずりをシャワーのように浴びて登ると、ムラサキヤシオが群落して咲く平坦地。
 1374Pへと尾根を北東に分けて、ブナ疎林の中を西へ下ると、随所で展望が広がる起伏ある尾根が続いた。茂住谷の対岸には池ノ山。高原川の対岸には、漆山岳と流葉山。そして彼方に白木峰、金剛堂山。鞍部を連続して二つ通過し、そのままゆるゆると登り返した先で北へ一段登ると、台地状となって、胸の透く展望が広がった。薬師岳から右に黒部五郎岳と笠ヶ岳。左に西笠山、剣岳、毛勝山塊。これらすべて残雪の山で、1等三角点が埋まる山頂は、高木が一切ない平坦地で、一点360度の大展望であった。北眼下には広大な富山平野。呉羽山によって真っ二つに分かれたそのすぐ後方に、日本海の海岸線が迫っており、その向こうに、僧ヶ岳から立ち上がって、笠、乗鞍、御嶽へと大パノラマが展開していた。
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1270P付近を行く。
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1374Pへと尾根を北東に分けると、西へゆるゆると下った。
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大展望の低木帯を行く。上部左は漆山岳。その右奥は金剛堂山、白木峰。
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反射板の巡視路が続く。
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来し方には笠ヶ岳。
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1等三角点が埋まる六谷山山頂の佇まい。
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帰路。行く手にJCT。その奥は、北ノ俣岳、黒部五郎岳。

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六谷山 1398M 1等 有峰湖(東茂住) 山系・立山>薬師岳 2001.6.3. 藪山独自ルートfloat cloudのブログ/BIGLOBEウェブリブログ
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