白倉山 1027M 1等 佐久間(中部) 山系・茶臼山>白倉山 2000.8.13.

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天竜川の対岸、秋葉街道が通る下平山、天狗岳間から白倉山。


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起点(地八峠頂上西の林道地八線850m地点)・947>1052・鉄塔86・1124>1302・最高点1050mコブ>1326・白倉山1027.1M・1453>1515・最高点1050mコブ>1553・鉄塔86・1614>1634・起点


 白倉山は、天竜川を挟んで西に秋葉山と対峙し、白倉川源頭の山頂には、1等三角点が埋設されている。とは言え、地八峠頂上から南西に続く稜線で、この山よりも高い所があるため、あまり目立たない山である。
 この山は、遠江の山だけあって、南東の白倉峡の上流、平沢に開かれた龍山青少年旅行村からのアプローチが一般的であったが、土岐の我が家からはかなりの遠回りとなるので、佐久間側から地八峠を車で登って、その頂上付近から往復した。
 地八峠頂上西、地八林道が大きく曲がって西へ下り始める所、ここに造林小屋があって、この西に送電鉄塔86の巡視路標柱。ここが起点。スギ林の中、これに入ってひとしきり左山で巻き登ると、1000Pからの北尾根に差し掛かった所で展望が広がった。眼下に地八、柏古瀬。その後方に縦並びとなった離山山塊と、その奥に一目でわかる日本ヶ塚山。そして天竜川の対岸には、矢岳山、熊伏山。彼方には、茶臼山、蛇峠山、大川入山、恵那山。さらに中央アルプスまで望まれた。
 1000Pの西で佐久間、龍山の境界尾根に出ると、一転して美しい自然林となり、僅か西で巨大な送電鉄塔86の草付きの広場に出ると、そこは涼風吹き抜ける、絶好の展望台となっていた。設楽山脈は平山明神、大鈴山。天竜川の対岸には、遠州富士こと竜頭山、常光寺山から深南部。光岳の右には信濃俣。秋葉山は指呼の間で、磐田、浜松の向こうには、遠州灘が霞んでいた。巡視路はここまで。
 イバラの藪を少し分けて、境界を西に入ると、再び美しい自然林の中に入ったが、なんと、明瞭な山道が付いていた。1030mで登り詰めると、かつてここに反射板でもあったのであろうか、木立ちがなく、身の丈有余にイバラ交じりのススキが繁茂する高台であった。踏み跡が無く、通過は困難か・・・と思われたが、突入した。すると、ここには熱が籠っていて、もがいていると、眩暈がしそうになった。傷だらけになって、なんとか脱出すると、髪の先から滴り落ちる汗のスリット越しに、風景が陽炎のように揺らいでいた。
 北、ヒノキ林、南、密な雑木の幼、低木帯となった境界尾根を、南南西になおも辿ると、間もなくカエデ主体の若い林の中をゆるゆると登り、平坦になるとしだいにササが現れてそれが身の丈となったが、それも束の間の事で、岩交じり、草付きの痩せ尾根を登ると、この山塊の最高点1050mコブに登り詰めた。
 踏み跡が続く尾根を北西に分け、やはり踏み跡が続く尾根を南に入って下降すると、身の丈有余のササが広がったが、なぜかそこに刈り払い道が・・・。小さな鞍部から岩交じり、草付きの明るいコブに乗ると、目の前に白倉山本峰が、ヌーッと現れた。これを越すと、ビックリ仰天!鞍部を切り通して林道が抜けていた。木製の梯子でそこに降り立つと、向こう側に「開通記念 昭和63年」と、水窪営林署の石碑。林道名は、地八林道支線であった。
 この脇から踏み跡で、コシアブラの多い自然林に入ると、身の丈程のササの中に刈り払道が続き、急登すると、上部ではブナも現れ、オクモミジハグマが咲く脇を通って登り詰めると、広場の真ん中に1等三角点があった。分派する南東、南西尾根の間がヒノキ林で、あとはグルリ、自然林に囲まれていた。賑々しく山名板。中にはボーイスカウトのものも。
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巻き道から大岩岳、小岩岳と大笹山。
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巻き道から離山山塊と日本ヶ塚山。
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鉄塔86から西へ。
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もはや巡視路はなかったが、山道が付いていた。この先で熱が籠ったススキの高台。
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白倉山山頂の佇まい。
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山頂に埋設されていた1等三角点。
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帰路。ここがススキの高台。

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