千尋離山 917M 3等庚申 佐久間(佐久間) 山系・茶臼山 1998.8.16. 

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2000.2.27.、日本塚山西尾根上から天竜川流下する先に離山。


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起点(大入川、境沢出合342P付近)・800>825・境川右岸尾根出合>915・西南西尾根出合>930・西尾根出合・940>1042・離山916.6M・1340>1405・西尾根出合・1420>1502・起点


 諏訪湖に端を発した天竜川は、広大な伊那谷を出ると、峡谷となって蛇行する。「緑の大蛇」と評されたりする区間であるが、離山は、この峡谷の出口辺り、佐久間ダムの上流側、西側に流れが岩壁の裾を洗う峡谷大入川が南流する、天竜川が最も険しい所に屹立する。
 丸山794Pの北の谷川(337P)や、南の鰻樽沢が、離山のトラディショナルルートであったが、ぼくたちに登られるとは思わなかったので、尾根にルートを採ろうと思ったが、北尾根は903Pが濃密な藪であるし、丸山経由の東尾根は、これまたぼくたちには難しく思えたので、おとなしく、西側の、大入川と境沢の出合から尾根を辿って往復した。
 下黒川から大入川を下ってみどり湖畔を延々と走り、やがて新豊根ダム脇のトンネルを潜ると、左前方に右山で庚申沢へと入る広域基幹林道豊富線を分派。しばらくしてからその庚申沢を渡ると、大入川が峡谷となって道幅が狭まり、山側に落石防止用の金網が続くようになった。その金網の向こう側は植林とあって、造林作業路が入っている所には、悉く金網に扉。342P手前、境沢右岸尾根にもその扉があって、谷側に対向車退避用のスペース。ここから歩き始めた。
 扉を開けて中に入り、ヒノキ間伐林の中、境沢右岸の痩せ尾根を行くと、途中、梢が作るスポットに、境沢源頭の稜線が気の遠くなるような高さに覗いていた。これから崖を攀じ登るのか・・・そういう気がした。尾根が広がった先で右のサコを渡って隣の小尾根にシフトすると、アセビが美しい道でこれを登った。間もなく右、境沢へと下る道を分け、左に入って下方で渡ったサコを渡り返すと、ひとしきり巻いた所で、山頂からの西尾根に乗ったが、ここで漸く涼風に出合った。
 この尾根に取り付くと、自然林が広がり、そのうちササが現れたが、その下に明瞭な道が続いた。ただ、物凄い急な登り勾配であった。ひとしきり攀じると、痩せた棚に出て、北に少し開けた。庚申沢の向こう側に、送電線が延びる尾根。その上に日本ヶ塚山が頭を出していた。「よし、いつか、あの尾根を歩いてみよう・・・」、そう思った。辺りにアセビが群落し、涼風が吹き抜ける気持ちの良い所であった。
 ゆるゆる登ると、登り詰めた所が、離山の最高点、920mコブであった。僅かに下った鞍部からゆるりと登り返すと、ヒノキ林の真っ只中に、3等三角点庚申が埋まっていた。ここで昼食。途中、豊橋からと言う夫婦連れが来し方からやって来た。石井康雄さんとその奥さんであった(彼からはこの時、「アリとキリギリス」(山の会)の話を楽しく聞き、山の情報をいくつかもらったが、その後、何年か経って、突然亡くなった)。奥の探索から戻ると、さらに単独者が来し方からやって来て、山頂は大賑わい。
 帰路は、なぜか、全員一丸となって下った。
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大入川の下流側を望む。台形の山は、大笹山東の735P。
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大入川の上流を望む。三角形の山は、みどり湖北、古真立川と小田川を分ける3等点名豊根907.4M。
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広域基幹林道豊富線から、庚申沢源頭に離山。
 
 
 
 
 

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