大沼山 1179M 2等 満島(三河大谷) 山系・茶臼山 1998.8.2.

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2000.2.27.、日本ヶ塚山の西、日本ヶ塚反射板(1109P)から大沼山(上部中央)。右は、袖山岳。


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起点(本山の西、林道開削現場)・805>915・1130mコブ・930>1010・大沼山1179.4M・1045>1104・1130mコブ・1120>1250・本山1177P・1405>1505・起点


 天龍村で天竜川の右岸に出合う、虫川と言う名の小さな川があるが、大沼山は、この虫川の源頭を成し、旧富山村一の集落大谷の北に聳える大きな山八嶽山の西、愛知、長野県境に連なる、地図上は無名の山である。この名は、旧富山村側の呼称で、天龍村側の呼称は高丸。
大沼山に登ろうと思ったのは、ただそこに2等三角点があるというだけの理由であったし、全山伐採されて丸裸となった本山に登ろうと思ったのは、ただそこからの展望が良かろうというだけの理由であった。
 ルートは地蔵峠が越す三ツ沢からとしたが、その三ツ沢には、早木戸川から向方(むかいかた)を経て入った。この辺りの最高峰峠山1196.6Mを右から林道で巻き下りにかかると、虫川の右又、三ツ沢源頭部に峠山牧場が広がった。対岸には本山。その東尾根続きには丸山1165P。この丸山は、天竜川対岸の不当辺りから眺めると、八嶽山と虫川を挟んで対峙する、ボリュームたっぷりの山塊であった。牧場を抜け、本山を左山で西へと巻いて行くと、林道は本山1177P西でまだ開削中であった。ところが、地図にこの林道が記載されていなかったことから、現在地がさっぱりわからなかった。
 仕方がないので、用心して歩き始めた。林道は破線をトレースしているようであったので、ヒノキ林の中、そのまま左山で破線をトレースするつもりで南西へと向かった。すると、間もなく本山の西で、虫川の源頭鞍部に出たようで、その虫川側が皆伐されて丸裸。西側の県境尾根に乗って、殺伐たる風景の中を行くと1154P。ここは西側も伐採されていて、南に明神山、宇連山と望まれた。
 一転してヒノキ林となると、やがて南西から大きな尾根が出合う1130mのジャンクション。漆島川側からこの尾根にルートを採る人たちもいるようで、これに少し入ってみると、北に恵那山、大川入山、そして中央アルプス。振り向くと、茶臼山から天狗棚、碁盤石山、さらに大鈴山、平山明神、鞍掛山と見渡せた。以降、漸く自然林となったが、疎で身の丈のササが被り、倒木が多くなった。しかも前夜、雨でも降ったのか、分け払うササにタップリと雨滴が乗っており、たちまちビショ濡れになった。自然林は大木交りで美しかったが、そんなことで、楽しむ余裕がなかった。途中、尾根が広がると、ササが消褪して滑らかな落ち葉の林床が広がったが、道が曖昧となり、そのうちまた疎なササが現れると、大沼山の山頂となった。展望を求めてさらに奥へと辿ってみたが、下り勾配が強まる所で、ササが密で丈高となった。
 戻って往路を本山へと向かった。1154Pを越した鞍部から虫川に降りると、伐採された木で乱雑に埋まっていて、渡ることが出来ず、少し遡ると、それが逆に橋替わりとなっていて、渡ることが出来た。トモエソウが小群落して咲く所から尾根に取り付いて東へ登り、やがて本山の山頂が近づくと、なんと、イバラの原が広がった。今回必要なのは、体力よりも知力だと思っていたが、どうやら第三の力が要求されているようであった。それは忍耐力で、悲鳴を上げてここを突破すると、風が吹き抜けて、開放的な本山の山頂1177Pとなった。南、虫川の対岸には、登って来たばかりの大沼山。東、虫川が流下する先、天竜川の対岸には観音山。そして、巨大な熊伏山。茶臼山、中央アルプスにはもう雲が降りていた。ここで昼食。
 風が止むと、やはり暑くて昼寝が出来ず、帰路は、そのまま奥へと尾根伝いに、往路の虫川源頭部に戻ったが、こちらも随所でイバラの原に出合った。
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大沼山山頂の佇まい。
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帰路。1130mコブから茶臼山(右)と萩太郎山。
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1154P北の虫川への下降点から本山。
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虫川を渡ると、群落して咲くトモエソウ。
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本山1177Pの登り返しから虫川の対岸、南東に仮称・袖山岳1187P(八嶽山、大沼山間)。
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本山山頂の佇まい。奥の台形の山は、仮称・袖山岳。
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三ツ沢源頭部に拓かれた峠山牧場から、南西に本山(右)。

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