岩伏部(いわふすべ) 410M 谷汲(谷合) 山系・能郷白山>左門岳 2015.12.20.

画像
美しいゴルジュ祢宜洞を、送電線の巡視路で遡る。


画像
起点(山戸篠座神社/160P)・802>815・馬場若宮神社>944・尾根取り付き>1010・鉄塔43・1024>1046・4等点名祢宜洞376.7M・1048>1057・370m鞍部・1102>1118・岩伏部最高点410mコブ・1235>1254・釜ヶ谷山分岐>1320・3等点名椀田419.0M・1327>1335・鉄塔39・1340>1400・林道葛原大倉線出合>1520・起点


 岩伏部は、武儀川上流部の支流、祢宜(ねぎ)洞と大倉谷の分水嶺で、釜ヶ谷山の尾根続き、北東に位置する地図上無名の山である。山頂の西と東の鞍部は、山名由来となった岩累々とした所で、その山名は、葛原は山戸で採取した。
 この山は、以前、パーティーを組んでいた美奈子ちゃんから教わっていて、山戸の篠座(しのくら)神社を起点に馬場から祢宜洞、4等点名祢宜洞376.7M,3等点名椀田419.0M、大倉谷、田島と経て周回した。
 巨スギ林立する篠座神社の参道を下り、160PからR418を東進すると、やがて馬場の若宮神社前を通過した所で、国道を離れ、武儀川へ。地図の橋で武儀川を渡ると、以降、送電線の巡視路。林道で祢宜洞左岸に入ると、まもなくこれが終点となり、限りなく透明に近い清流に沿って、苔生した山道なって続いた。
 間もなく右岸に一つ目の支谷宇土洞が出合うと、以降、橋で本谷を渡ったり、渡り返したりして遡った。右岸で出合う二つ目の支谷は賀内洞。252P東側を北流する支谷は鳶之巣。その252p北尾根の尻で西から出合う、点名祢宜洞を源頭とする支谷は杵ヶ洞。この出合から本谷が南に向くと、美しいゴルジュとなって続いた。やがて尾根を回り込んで頭上に送電線が近づくと、巡視路が谷を離れ、その尾根を登っていた。
 尾根に取り付くと、若く明るい雑木林の中を登って鉄塔43。北東に大きく開け、武儀川対岸に大黒山。右奥に高賀山。その右手前は、険阻な北尾根を引く相戸岳。次の鉄塔42からは東へ開け、南東に編笠嶽と汾陽寺山。380Pコブには4等三角点祢宜洞が埋まっていた。
 なだらかな尾根を西進すると、380mコブを北側から巻いた鞍部に、累々と石灰岩。一段西に登ると、尾根を横断する送電線は関電のもので、そこにその送電鉄塔が建っていて、北へ大きく開けていた。さらに北西へ一段登ると、410mコブに中電の送電鉄塔41。展望はさらに良く、北西、谷の向こうに3等三角点椀田が埋まるコブ。その左奥に高々とコカシ洞745P。右奥には、白い磯倉と能郷白山。その手前は岩岳であった。風もなく、ぽかぽかと暖かい日で、ここで昼食とした。
周回することにして、尾根を南西に入って下ると、こちらの鞍部にも石灰岩が累々。旧美山、旧伊自良境界へと美しい雑木の尾根を南に分けると、棚状の尾根が北へひとしきり続き、鉄塔40を通過すると、全面ヒノキ林の中に、3等三角点椀田が埋まっていた。側に、かつてそこに祠が乗っていたと思しき台座らしきものがあり、傍らのヒノキ大木の根元には、その屋根と思しき青ペンキのトタンが転がっていた。
 雑木林の尾根を南西に下ると、鉄塔39からは、ヒノキ林の中。途中、尾根を左に離れて巻き下ると、300m地点で急な沢を渡り、その左岸を下ると大倉谷で林道に出た。
 やがて里に出ると、山手に山の神を祀る祠。ここにリュックをデポした。田島には地蔵堂があって、脇に三十三観音が並んでいた。中元橋で岡に渡ると、八月を抜けた所でまたR418を離れ、田園地帯を通って起点に戻った。
画像
ここが起点の篠座(しのくら)神社。
画像
祢宜洞には、頑丈な道の名残が・・・。
画像
祢宜洞がゴルジュとなると巡視路は、橋やら桟橋やらとなって続く。
画像
3等三角点祢宜洞は、山道から僅かに逸れた所の、倒木の陰に埋まっていた。
画像
昼食後、尾根を南西に入って下ると、こちらの鞍部付近にも累々とした岩。
画像
3等三角点椀田は、ヒノキ林の中に埋まっていた。
画像
田島の地蔵堂と三十三観音。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

もんり
2018年12月07日 17:17
float cloud様、こんにちは。ようやく冬がやってきそうですね。祢宜洞南谷の入り口が不気味でした。尾根は快適そのもの。お守りとしてGPSを持っていっていますが、float cloudさんの言われる通り、楽しみを半減させている気がしてなりません。昔はGPSなどなく、私も地図とコンパスだけだったのに…。もっと地図読みを勉強して、お守りを捨てたいです。
2018年12月08日 12:05
もんりさん、コメント、ありがとうございました。
祢宜洞は良かったです。
ぼくは、地図とコンパスと高度計をフルに利用しています。地図とコンパスだけの頃は往復で、高度計を使うようになって、周回するようになりました。それでもまだ、地図で詳細が不分明な箇所ではルートを逸らしたりするので、油断なりませんが、それがまた楽しかったりするものですから、藪山中毒になっています。
GPS携帯の登山は、答えを携行しての試験、そしてそれを覗くことは、試験中にカンニングすること、そう思って、携行していないんですが・・・「家族に迷惑を掛けない」もんりさんとしては、苦しい選択でしょうね。以前、山中で出会った男性も、こどもが大学を卒業するまでは雪山はやめてくれ、と家族から言われていると、言ってましたよ。
2019年10月15日 12:01
いつも記録を参考にさせていただいております。
祢宜洞の右俣から稜線に上がり831mピークから神倉谷へ下りました。
地名や旧道の跡など興味深いものが沢山あるところでした。
ありがとうございました。
float cloud
2019年10月16日 11:09
がおろさん、コメントをありがとうございました。
以前、がおろさんが、お友達二人で山スキーで出掛けられた加須良越、その記録を参考に、藪最盛期に行って来ましたよ~。ありがとうございました。
志向は似ているような気がしますが、がおろさんの記録は、レベルが高すぎて、おいそれとは真似できません。
地図読みの講習会もやっておられるようで、数年前、各務原の友人が、参加したとか言っていました。活動がスペクタクルで素晴らしいですね。
応援しています。