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zoom RSS 「藪山独自ルート float cloudのブロブ」序章

<<   作成日時 : 2016/02/05 12:45   >>

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1968年5月末、浄土山南のコブに建つ富山大学立山研究室から南に龍王岳を望む。


 時は1968年の春。大学闘争が、燎原の火のごとく全国に燃え広がる前。
大学は、どこも、一見のどかだった。
ぼくたちは、退屈し、下宿でゴロゴロ寝てばかりいた。
立山三山の一座、浄土山へ登ったのは、真綿で首を絞めつけられるような、そんな日々を送っていた時だった。
 バスで弥陀ヶ原まで行った。
降りると、辺り一面雪景色。南へ適当に歩き始めたが、雪面からの照り返しが眩しかった。
賑やかに喋り捲ってひとしきり緩斜面を登ると、やがて真っ白な雪の壁が立ち塞がった。
ここをステップを切って登っていると、すぐ上を行く友が、叫び声を上げて滑落した。
友の体が曳いたトレールに、鮮血が飛び散っていた。
ピッケルでどこかを切ったようだ。
友は、数十メートル下方で止まると、起き上がり、ニコニコ笑顔で登って来た。
登り詰めたら、そこが浄土山の山頂だった。
龍王岳向けて少し登った所に、半ば雪に埋もれた小屋。富山大学文理学部が管理する立山研究室だった。
スコップで入り口の雪を退け、借りてきた鍵で開けて中へ入ると、こじんまりとした部屋で、暖を取るにはちょうど良かった。
南指呼の間に龍王岳が、岩を剥き出して座していた。
その夜は、ラジオの短波放送で観測地の情報を聞きながら、先輩から天気図の書き方を教わった。
そして、温かい、だがシャビシャビのカレーライスを食べて寝た。
 朝起きると、霧が立ち込めていた。
一寸先も見えなかったが、ペナントもなく、どうなることかと怖かった。
それでもどうにか一ノ越に降り立った。
 
 以降、ぼくたちは、日本アルプスを登った。
そして、近辺各地の有名山岳を登った。人が拓いた道を、人が立てた標識に導かれて・・・。
そして、やがて無名の藪山に登り始めた。独自ルートを模索して・・・。

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