秘境大城と椿立 591M 足助(足助) 山系・茶臼山>段戸山 2017.3.5.

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秘境大城の一軒家。今はもう万昌寺から車道が通じていた。


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起点(大城対岸K364路肩)・957>1126・稜線560mコブ西(東海自然歩道出合)・1132>1158・3等点名椿立590.8M・1301>1326・車道出合(505m地点)・1328>1346・万昌寺分岐・1353>1400・万昌寺・1420>1438・大城・1443>1451・起点


 この山は、茶臼山系の主稜段戸山が、寧比曽岳を経て、巴川の支流足助川の左岸に分派した尾根の末端部を占める山である。この山の南側を西流する神越川は、越中辺りからも沢登りにやって来るほどの凄いゴルジュで、南朝の姫君が家来数人とともにひっそりと暮らしていたと言う伝説がある、この川の対岸の「山ノ中立」のこどもたちは、このゴルジュの滝でよく遊んだとか・・・。
 この山は、山ヶ谷(やまがい)は南麓の大城(おおじろ)を起点にその東側の尾根を登って、綾渡は堀の南で稜線に出ると、東海自然歩道を西進して登頂。
 帰路は、東海自然歩道を西進して、路傍に様々な表情の観音像が佇む車道に出ると、浅谷(あさがい)山万昌寺を経て、大城に戻った。この秘境大城は、現在、万昌寺から車道が通じているが、それまでは、神越川に自分たちで架けた橋を渡るしかなく、その橋も、数年ごとに大水で流失したのだとか・・・。
 小ダムの下流側に神越川を渡る電線を発見すると、その付近に橋の名残の橋脚を発見。これに沿って転石伝いに渡渉すると、対岸に立派な道が登っていた。道の先は田んぼで、その背後の高みに大城の一軒家。年配の婦人が一人暮らしていたが、この日はその息子さんたちが、農作業に来ていた。
 そのうちの一人に案内されて、人家裏の谷左岸の墓地から取り付くと、尾根には美しく自然林が広がっていた。途中、東隣の尾根にシフトして登ると、間もなく窪んだ道が現れて続き、やがて安美(あじ)京と平勝寺とを結ぶ東海自然歩道が延びる稜線に出た。
 展望は、帰路、車道へと向けて小谷を下る手前、神越川側が断崖となって得られた。
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橋脚沿いに神越川を渡ると、対岸に立派な道が出ていた。
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美しく自然林が広がった、大城東側の尾根を登る。
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小岩も点在。
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三角点南側で昼食後、下山を開始。
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迫り出す岩から神越川を俯瞰。
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途中、立ち寄った万昌寺の石仏。
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大城まで戻ると、ジュースをいただいて感激。「近くまで来たら、また寄ってね・・・」と、その息子さんたち。今度は、車で訪ねようかな・・・。

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この記事へのコメント

2017年03月07日 19:56
病気からの復調、嬉しい限りです。
これからも読者の我々を刺激続けてください。
2017年03月08日 12:05
うれしいコメント、ありがとうございました。
でもまだ体の病の巣は一掃されていないので、
そんなに遠出はできません。
徐々に、徐々にやります。
少しづつ、少しづつ・・・。
小原、藤岡、足助は、雑木の山が多いですから、
出掛けてみられると、案外良いかと思います。