正ノ平 1071M 4等 根羽(平谷) 山系・恵那山>焼山 2018.11.25.

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正ノ平へは、今薙沢を遡行。


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起点(おかよの墓/R418第14カーブ)・934>943・今薙沢出合>1029・960mの二又>1040・980mの二又(炭焼き窯跡)>1126・1110mの棚・1131>1136・1100mコブ・1138>1202・4等三角点正ノ平1071.2M・1302>1327・中電三穂下村線鉄塔74>1335・起点


 正ノ平(しょうのひら)は、恵那山が三階山を経て、柳川と合川を分けるように、南に分派した長大な尾根の末端部を占める小さな山で、その南西尾根尻の平らは、平谷在住で病死したおかよさんを火葬にした場所と言うことで、昔から「おかよの墓」と呼ばれている。山手には、馬頭観音像と、明治十五年造立の道祖神。
 その脇から中電三穂下村線鉄塔74の巡視路が出ているが、これは帰路にして、平谷川に下流側で出合う、長者峰源頭の今薙沢を遡行して訪ねた。
 起点は、R418第14号カーブ、そのおかよの墓。平谷川右岸、R418を北進すると、約500m先で今薙沢。上流、目と鼻の先に堰堤があるが、これは右岸から乗り越すと、間もなくまた堰堤。これもまた右岸から乗り越すと、しばらく穏やかな今薙沢を遡った。谷が東に向くと、930m辺りに樋状の小滝。直後、正ノ平三角点北東鞍部源頭の支谷が南東から出合うと、谷が北東へ向き、960mで二又。
 ここは予定通り東北東からの支谷に入ると、間もなくカツラ大木脇に炭焼き窯跡。このわずか奥が、運命を決する重要な、980mの二又であった。予定のルートは、谷を二分する東からの尾根。だが、疎な枯れササがある上に、地形図から予想したよりも急勾配。取り付く気がせず、美奈子ちゃんは躊躇したが、ここは右又に入った。
 間もなく1000m辺りで水流の細い小滝を通過すると、地形図でかろうじてそう読める、1040mの二又。「尾根を登りたい!」と主張すると、美奈子ちゃんは谷を二分する尾根に取り付いたが、ぼくと女房は、地形図をろくに見もせず、見た目だけで左又に入った。
 間もなく紺碧の空をバックに激しく崩落してスラブ状になった源頭部が頭上に現れた。しまったな~と思った。もちろん登攀不能とあって、1080m辺りで土に半ば埋もれた木の根を頼りに右手の壁状斜面に取り付いたが、手掛かりはどうにかあるものの、足掛かりが不足し、酷く消耗した。
 どうにか1110mの棚で稜線に出ると、心配して様子を見に来た美奈子ちゃんと合流して、1100mコブへ。このコブからが、本ルート中、ルートファインディング状の核心部。ここはまず北西尾根へ。正ノ平への尾根は出ておらず、適当なところで西へ急斜面を下ると、南側に尾根が現れて並行したが、どうやらそれが辿るべき尾根のよう。下るにつれてルートを逸らしたことが確定的となり、シフトを開始。1060m辺りでその求めていた尾根に乗ると、明るいミズナラ林の中、ひざ丈のササの下に踏み跡を辿ってゆるゆると下った。
 1030m鞍部からは、ヒノキ交じりの黒木の森の中を山頂へ。ところが、山頂で三角点が見当たらず、東面の明るいミズナラ林の中で、落ち葉のスポットを見つけ、まず昼食。南東樹間に桐山。眼下に平谷の家並みが望まれた。食後、執拗に三角点を探すと、女房が突いたストックの先に、偶然4等三角点正ノ平が見つかった。
 帰路は、ヒノキ林の中。鉄塔からは巡視路。つまらない尾根であった。
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第一堰堤を越す。
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樋の上流側の滑滝。
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小さな落ち込みが連続。
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木の根が岩を抱えた脇を行く。
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小滝連続。
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滝脇を登る。
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支谷を登る。
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運命を決する重要な二又。正面が、谷を二分する尾根。美奈子ちゃんはこれを登り、ぼくと女房は、左又へ。
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左又を登る。
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1110m棚で稜線に出ると、美奈子ちゃんが心配して様子を見に来る。
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行く手に山頂。
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山頂東面で昼食。
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おかよの墓の馬頭観音と道祖神。
 

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