阿嶽ホコロケ 1203M 3等三林 中津川(美濃焼山) 山系・恵那山>焼山 2018.12.9.

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帰路。阿岳本谷995mの二又。右、東からの支谷右岸尾根でここに降り立つ。


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起点(阿岳谷鯉子林道ゲート/782P東約400m)・842>937・笠木分岐(墓戸峠分岐)・942>950・鎗ヶ入、船岩峠分岐・955>1012・1000P>1014・阿岳鎗林道分岐(1010m)・1016>1034・阿岳本谷995mの二又・1039>1150・樋上端付近(1050m)・1155>1218・南東からの支谷出合(1065m)・1222>1303・1160m鞍部>1332・3等三角点三林1203.0M・1424>1505・阿岳本谷995mの二又・1507>1512・阿岳鎗林道分岐>1528・笠木分岐>1601・起点


 阿嶽ホコロケは、美濃焼山が、、阿岳を経て、飯田洞川と阿岳本谷とを分けるように南西に分派した尾根にある、地図上無名の山で、山頂には3等三角点三林1203.0Mが埋設されている。この山の東側を、かつて木地師たちが活躍したと謂われるホコロ沢が南流し、飯田洞川に出合っているが、この山の名も、この沢の名と関連があると思われるがどうか。
 阿岳本谷は、焼山山頂を源頭とする長大な谷で、その右岸に深々と阿岳谷鯉子林道が入っているが、途中、782P東約400mの所に上村恵那国有林のゲートがある。この山は、このゲートを起点にその林道を延々と1000P辺りまで辿った後、わずか上流の二又で右又に入って遡ると、途中、南東からの支谷に入って遡り、1204p南西、1160m鞍部で稜線に出ると、南西に展望の尾根を辿って登頂。帰路は、北北西、1210mコブを北西に越すと、1200mコブ西尾根を下って、往路の二又直下で阿岳本谷に出た。
 837Pを経てなお延々と阿岳谷鯉子林道を行くと、やがて「左、笠木 3.5KM」の標識が立つ所で、墓戸峠へと至る白井沢合川林道が左に分派。その先、小屋跡、貯木場を通過すると、山手に鳥居があって、それを潜ってみると、大山祇命を祀る祠があった。戻ると、わずか先で鎗ヶ入、船岩峠へと至る白井沢合川林道が右に分派。
 1000Pで左に分派する阿岳谷林道は廃道で、このわずか先で鎗ヶ入、フジ小屋、ホコロ沢方面へと至る、地図にない阿岳鎗林道が分派。これに入ると、わずか先で阿岳本谷に堰堤があり、この上流約100mが目標とした995mの二又。堰堤上流側が川原なので、渡渉も容易であったが、現在地同定に失敗し、本谷の1020m辺りに架かる橋まで林道を歩いた後、対岸におどろおどろしい岩壁を見ながら本谷右岸沿いを下って、その二又に出た。
 支谷である右又は、はじめせせらぎであったが、しだいにゴルジュと化すと、小滝、滑滝、滑、小さな落ち込みが連続する素晴らしい渓相となった。もちろん、沢装備なしで、遡行が可能。谷が北東から東へと向いてもなお美しい渓相が続いたが、三角点北、965m辺りで南東から出合う支谷に入ると、渓相が一変し、谷身こそ岩が剥き出していたが、所々でカヤ縁取るごく小さな谷。谷は、連続して二分したが、現在地同定は容易で、1204P南西、1160mの源頭鞍部で稜線に出ると、ヒノキ林の中、なだらかな起伏ある尾根が南西に続いた。途中、1180m地点で北から急な尾根が出合うと、以降、北側が伐採地跡の幼、低木帯となり、大山塊のロクロ天井、樹氷の三階山、大川入山へと、胸の透く展望が続いた。この伐採地跡は、1210mコブ北西の1200mのコブまでであったが、それは帰路の楽しみとして、1210mコブから南に入ると、ミズナラの大木脇を通った先、雑木の低、中木林の中のわずかなスポットに、3等三角点三林が埋まっていた。久しぶりに万歳をし、三角点脇で遅い昼食とした。
 帰路は、ヒノキ林の中、所々で南側が崩落して自然林となっていたが、とりわけ記すような所はなく、最後は、刃のような、急勾配の尾根線に絡んで、けもの道が付いていて、ヒヤヒヤドキドキで無事、南側の支谷出合に着地した。そして堰堤をスチール製の梯子で登ると、わずか先で阿岳鎗林道分岐手前に出た。
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現在地同定に失敗し、本谷右岸を下って二又へ。
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二又から支谷に入ると、しだいにゴルジュと化す。
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女房と美奈子ちゃんは、大抵、藪の中を巻く。
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ぼくたちのような初心者向きの素晴らしい渓相が続く。
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せせらぎも。
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階段状の小滝も。
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滑も。
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三条に分かれた小滝も。
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その三条の小滝も、女房と美奈子ちゃんは、左岸の藪を。落ち口から撮る。
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その三条の小滝の落ち口。ぼくは右岸(女房の背後)の岩壁基部をへつったが、岩の縁を下からあてがったり、どんぶりの底状の岩の面を掌であてがったりと、きわどかった。
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幅広の小滝も。
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支谷の支谷を行く。
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稜線に出ると、途中、ヒノキ大木脇からロクロ天井。
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右へ樹氷の焼山。
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樹氷の三階山から右へ大川入山(右端)。中央は、藪山登りの憧れの、1886P。
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帰路。1210mコブから1200mコブへ。
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東からの支谷出合(右)に着地。左奥が、往路、阿岳本谷995mの二又。
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中央が東からの支谷。左が下降した、右岸尾根。ここで本谷を渡渉。

この記事へのコメント

やまねのね
2018年12月14日 11:59
藪山独自ルートに出会い、かつて、単独行や穂高を愛して20年、日本アルプスと秩父巡礼などで感じたような喜びを憶え、山行記を読むのを楽しみにしています。
一番、うれしいことは、現在も山行を続けてられ、数日遅れで、その感動が伝わって来ることです。
山行記も素晴らしいですが、写真もいいです。今回の渓相も素晴らしく、もう少し若かったら、行ってみたいです。
1886Pは、なつかしいです。焼山のように笹で覆われた山ですが、笹が光輝く様は、その山容と共に、たおやかで、きれいです。雪洞とテントで、山スキーを楽しんだ頃が懐かしいです。ありがとうございました。
2018年12月14日 15:31
やまねのねさん、コメントをありがとうございました。
やまねのねさんは、かつて加藤文太郎や田部重治だったんですね。凄い!山スキーは未完成で終わりそうで、雪洞は未体験です。
以前春分の日の連休に、美濃俣丸経由で不動山、千回沢山と往復するつもりでスコップ持参したのですが、酷い寡雪の年の小雨降る日で、稜線は垂れ込める雲の中。稜線の雪の具合が分からず、美濃俣丸にも届かず、逃げかえって来ました~。翌日、石徹白川から西山に登って、うっぷんを晴らしました。
1886Pは登頂されたんですね。凄い!
残雪を踏んでならもちろん可能かと思いますが、ササ漕ぎで三階山を往復した感じでは、夏季でも可能かと思います。でも、人生晩年の落日のわびしさが身に染みるようになった今日では、残念ながらもう行けそうにありません。
やまねのね
2018年12月15日 21:35
私も、酒井昭市さんの影響で、美濃俣丸や不動山、千回沢山周辺の山に入りましたが、徳山ダムが出来る前で、今はなつかしく思います。
2018年12月16日 17:06
やまねのねさん、ありがとうございました。
本日(12.16.)、ご紹介いただいた4等渡戸322.4Mを訪ねて来ました。
林道出合から北西へ264P経由で稜線に出て、登頂。巨岩累々の山頂一帯は、素晴らしいですね~。そこを中心に、見渡す限り雑木の山並みが見事でした。例の七重の塔も発見しましたよ。もちろん、往路、帰路ともに明るい雑木林の中。ただし、帰路の南尾根は、棚に乗るまでが核心部で、ルートを逸らして密で丈高のウラジロにからめとられ、まるで蟻地獄にでも落ちたかのようにもがきました~。
点の記では渡戸が、「わたりど」となっていますが、山頂のあの岩盤脇の標識では、「どうど」となっていました。どちらなんでしょうね。