番外・八尺山 1219M 3等 時又(山田河内) 山系・恵那山>亀沢山 2019.10.6.

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モットク沢右又左岸尾根から、水無の伐採地を抱えた堀田山。右奥は八尺山。


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起点(モットク沢第二の四叉路/695m地点)・901>919・モットク沢左岸尾根出合(755m)>1057・木曽峰分岐(1120m稜線)・1104>1200・八尺山1218.5M・1205>1220・堀田山(1190mコブ)・1301>1411・モットク沢二又(755m)・1414>1433・起点


 八尺山は、下條山脈の一座で、山中に、闇の支配者月読命(つきよみのみこと)の座像(八尺)が祀られ、それを大沢対岸の大月(1200mコブ)から昇って来る月として崇めた(月待信仰)ことから、この名がある(詳細は、前回の記録を参照)。
 この山は、1999.3.22.、二日連続の大雪の翌日、和合上と富草とを結んだ峠から登ったことがあるので、今回は、20年ぶりの再訪であった。
 起点は、和合は木曽畑。当初は、田上とを結んで赤道が付いた内ノ沢(なかのさわ)を遡って、木曽峰1005.5M西で稜線に出るつもりであったが、山頂に届かないのでは、と思い直し、神社記号東から西隣のモットク沢695m地点を起点に、モットク沢左岸の尾根で木曽峰からの稜線に出ると、堀田山(1190mコブ)経由で登頂。帰路は、堀田山山頂からモットク沢を二分する尾根を下って周回した。
 地図の三叉路は、現在は四叉路で、なお上流へと入ると、すぐまた四叉路。舗装林道は左曲し、地道の林道がさらに上流へ、そしてもう一条、右曲して左山で巻き登っていた。ここが起点。
 右に入ると自然林の中、荒れて勾配が強い道で、間もなく開削中となって終わっていた。地図と違う、と思いつつ、左山で巻くと、755m地点で南南東尾根。ここも地図と違ったので、現在地が分からなくなったが、分岐を見逃したすれば、合点がいった。
 明るい自然林の中、これを喜々として登ると、860mの棚奥からしだいにツガが多くなって暗くなったが、1000m辺りで行く手が明るくなると、突然、植栽後間もない大伐採地に跳び出した。これが、和知野川対岸のせいきらし山から見つけた水無の伐採地で、山は堀田山(八尺山南の1190mコブ)。見上げれば、紺碧の空。そこに飛行機雲を曳くことなく、ジェット機が一機。
 堀田山南尾根の奥に丸山、せいきらし山、西峰山、そして彼方にブナの峰、茶臼山等眺めながらこの伐採地の縁を喜々として登ると、歩き始めて2時間足らず後、1120m地点で木曽峰からの稜線に出た。
 南側に伐採地が続く尾根を西進すると、わずか先で1130mコブ(ブログ「山だもんね」2019.9.25.、の記録の最高到達点)。「レイさん、なぜ、ここで止めたんかな~」、「下ってるからじゃないの~」、「いや、もうここで満足しちゃったんじゃないの~」とか、言い合いながら、これを北に越し、連続する1130mコブを北西に越すと、鞍部にリュウノウギクが咲き乱れていた。
 西進すると、堀田山山頂直前で樹林の中へ、左山で北西へと巻く造林作業路。これを辿ると、堀田山北西のカヤトの鞍部で廃林道に出て、これを北へ辿ると、わずか先、カヤトの中で両側が足元からスパッと切れ落ちたキレット。足がぞわぞわしたが、ここからは蛇峠山、丸山と眺められた。
 ここからは、やはりせいきらし山から見つけた林道を、稜線を右にして右山で北へ、東へ、そして北へと辿ると、北東からの急なサコ。赤実をつけたオトコヨウゾメ脇から立ち木頼りにこのサコをよじ登って稜線に出ると、北西わずか先に八尺山の3等三角点が見つかった。脇の木立に同じ仕様の、小さな赤い山名板二つ。もう一つ、同じ仕様の「火乃要鎮」の小さな板も・・・。「これ、ここらへんの、どこかでも見たよね~」とぼく。「・・・」と、方向音痴、記憶音痴の女房。
 戻って、測量用の赤白ポールが立つ堀田山山頂で、大展望をおかずに昼食。南アルプス主稜は雲の中。眼下には水無の大伐採地。その向こう、来し方には、弁当山。右に遠路揚、そして上黒田山。その後方には熊伏山。さらにその後方には池口岳から竜頭山までの深南部。伊那山地は、泰阜村は温田の奥に、金森山から黒石岳、谷京峠までが眺められた。
 帰路は、水無の大伐採地を左にして、尾根を南南東へ下ると、1060m辺りで伐採地下端となり、単調で若い自然林の中を下り続けると、最後は岩の間を縫うように激下り、755m地点でモットク沢の二又に降り立った。
 モットク沢は、南流する間はゴルジュであったが、南東へ流下するようになると、谷が広がって穏やかになり、水利用の黒ホースが現れて堰堤を越すと、治山運搬道に出た。わずか先で右上に廃屋を見ると、わずか先が起点であった。
 身支度を始めると、下流から軽トラック一台。脇で停まると、中から現れたのは桑の実塾(最近解散した)の平松三武(みつたけ)さんで、この人から和合の山のことをいろいろ教わった。


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起点から勾配の強い廃林道を行く。


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南南東尾根に乗る。


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大伐採地水無に出る。


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右、自然林で、伐採地の縁を登る。


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木曽峰からの稜線に出る。


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1130mコブへ。


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来し方、1130mコブが、左右に並ぶ。


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八尺山山頂直下まで林道で・・・。


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八尺山山頂には、山名板と同じ仕様のこんな板も・・・。


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堀田山山頂から来し方に黒石岳と、戸倉山を後ろから抱きかかえた大城。


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同上ポイントから泰阜村は温田。後方の双耳峰は、柄沢山(千代側の呼称は、スダレ)。


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帰路は、堀田山山頂から伐採地を左にして、南南東尾根を下る。


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途中、弁当山と熊伏山。


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伐採地が終ると、ひたすら樹林の中を下る。


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最後は岩の間を激下りして二又へ。


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ここがその二又。左後方から下ってきた。


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モットク沢を下る。


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起点が近づくと、右上に5年ほど前まで人が住んでいた廃屋。


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ここが起点。たまたまやって来た桑の実塾の平松さんと、和合の山のことで談話。惜しいことに桑の実塾は、少し前に解散したのだとか・・・。














 

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