番外・大松尾 1275M 2等 木曽福島(木曽福島) 山系・鉢盛山>鎌ヶ峰 2020.1.5.

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山頂東の1260mコブを巻く。


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起点(上中沢橋西詰954P)・856>916・菅沼・918>1127・2等三角点大松尾1274.5M・1135>1150・1170m棚・1239>1246・林道出合(1005mの二又)>1330・起点


 大松尾は、木曽川の支流王滝川の、そのまた支流中沢川の、源頭の一角を占める山であるが、ロケーションが抜群なのか、山頂には2等三角点が、埋設されている。伊那山地第二ブロックにも同名の山があるが、いずれもが「おおまとお」と読む。「まとお」は「まと」で、「間戸(間処)」。つまり、「狭間」、「峠」の意。「おう」は「奥」であろうから、「大松尾」は、「奥の峠」の意であろう。上中沢から西の下殿(下の殿様)へと合戸峠が抜け、上流からは中切(上の殿様)、枠本へと、あるいは栃本へと無名の峠が抜けていたことが、その名の由来であろうか・・・。他方、伊那山地の大松尾も、その南の鞍部を地獄谷を経て北川へと抜ける無名の峠が、折草峠の枝峠として関連付けられるならば、その名の由来は同じであろう。
 さて、この木曽の大松尾であるが、2009.1.25.に黒川側の栃本から上志水へと周回したことがある。今回は、中沢は菅沼から上中沢へと周回した。
 起点は、上中沢は上中沢橋西詰954P。夜半、降雪があったようで、一面雪を乗せた上中沢の一軒家中西さん宅の屋根は、朝日を受けてまぶしく輝いていた。その朝日を浴びて、まるで宝石箱でもひっくり返したような雪の雑木林の中、半ば凍った車道を行くと、やがて谷が少し広がった所で菅沼。いかにも雪国仕様の手前の家は、どうやら無住のようであったが、二軒目の家の煙突からは、煙が立ち上っていた。
 このはずれで北からの支谷に入ると、間もなく右岸斜面へと有力な道が巻き登っていた。途中でこの道は途絶えたが、構わず尾根を登っていくと、中沢川二又からの大きな尾根に出合った。1159Pからは北西風強し。コナラ、アカマツ、ヤマハンノキ等々、若く明るい雑木林の中、左樹間に三笠山、右樹間に雲蠢く木曽駒連峰と眺めながら、北東へ棚状の尾根を延々と辿ると、やがて三角点と1233Pとを結ぶ尾根に突きあたったが、これが前回の帰路。
 ここは左に入ると、右の黒川側がカラマツ林となってがっかりしたが、山頂東の1260mコブをけもの道を拾って右山で巻き始めると、まるでアイロンがけでもしたかのように、滑らかに落ち葉で敷き詰められた林床に、シラカバ、コナラ、ヤマハンノキ等々、若い木立が疎立する別天地が広がって、上げる歓声も上ずりがち。続いて南尾根も巻いてしまうと、最後は棚を西へ辿った所で山頂となった。
 三角点を雪と落ち葉の下から掘り出し、「二等」の文字を確認すると、尾根を南へ入って下山開始。途中、どうにか風を避けて1170m棚で昼食後、尾根線にアカマツの多い雑木林の中を下ると、支谷1005mの二又で、枝林道に出た。振り向くと、帰路とした尾根のみにアカマツが多いようで、右岸左岸ともに、尾根も斜面も滑らかな落ち葉の林床に若い雑木の木立が疎立して素晴らしく、「帰路の選択を誤ったかもね・・・」とか言って、笑い合った。
 馬頭観音は、菅沼にも上中沢にもあったが、それは、林道開削の都合からか、それぞれ一か所に集められていて、峠の風情を剥奪されていた。


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上中沢の一軒家中西さん宅。


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菅沼へ。


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菅沼の無住の人家。


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若く明るい雑木林の中を行く。


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山頂東の1260mコブを巻く。


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山頂へ。


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同上。


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帰路。南尾根1170m棚で昼食。


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支谷1005mの二又で枝林道に出る。


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支谷右岸斜面。


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同上。


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本谷を行く。


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同上。


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林道開削時の都合なのであろう、一か所に集められた馬頭観音の石碑、石仏群。








 





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