大沢 1154M 4等 中津川(美濃焼山) 山系・恵那山 2020.5.9.

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妖艶な、青みがかった色した渕を見下ろしながら、合川を遡る。


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起点(合川湧水園地/通称・福寿の清水/五軒小屋合川橋西詰)・829>924・合川渡渉点(大沢出合)・932>949・三段滝一の滝(釜・900m)・1005>1011・940m鞍部・1021>1110・帰路分岐(西尾根出合南直下1110m地点)・1114>1141・4等三角点大沢1154.2M・1156>1218・帰路分岐・1220>1310・巻道出合(925m地点)・1312>1320・中電平谷水力発電所・1407>1522・起点


 矢作川の一大支流上村川の源流一帯は、かつては木地師たちが活躍した場で、阿岳本谷にはフジ小屋、飯田洞川にはホコロ沢、合(あい)川には木地小屋と、木地師所縁の地名がある。荒峰山北の鞍部を越すコイダ峠は、これら木地師集落間往来の重要な通路で、大沢は、このコイダ峠の合川側の起点南で合川左岸に出合う、高嶺山源頭の一支沢である。
 五軒小屋の合川対岸、合川橋西詰には合川湧水園地(通称・福寿の清水)があって、ここから上村恵那国有林のゲート脇をする抜け、合川上流へと白井沢合川林道を歩き始めた。右岸、上矢作側は国有林のスギ林。左岸、平谷側はまだヤマザクラがちらほらと咲く春めいた自然林。よもやここでまだ春山が楽しめるとは・・・と,はしゃいで行くと、対岸に度肝抜く大崩落地が続き、右曲して谷に妖艶な青味がかった色の渕を見ると、その谷へと迫り出したトチ大木の根元に、「無縁 有縁 供養塔 清水請負部 大正十年三月建立」と刻まれた石碑一つ。左曲して対岸に、千年の夢を見つつ打ち果てたような廃屋が何棟か覗くと、遠い昔を思い描いてみて、歳月の非情を噛みしめた。そこは木地小屋の集落跡であった。そのはずれで北東から支沢が出合うと、合川に吊り橋が架かっていたが、これは、橋桁、橋板、いずれもが朽ち落ちた残骸であった。やがて西から支沢が二条並行して出合う所に差し掛かると、部厚く苔生した幹からスミレが咲く大木脇から合川の谷身に出て、転石伝いに合川を渡渉。対岸が、大沢出合であった。
 右岸ヒノキ林、左岸落ち葉の自然林で、ミヤマハコベが流れの畔にちらほらと咲く大沢を東へ登り、それが北東へ向くと、突然、目の前に予想外の三段滝。美しい滝身ではあったが、越せるのかどうか・・・困惑。これは滝身左側をかろうじて攀じられたが、それを見ていた脚力のない女房はパス。右岸の高巻に入った。それを見て、急遽、右岸斜面をよじ登ると、高巻道で彼女と合流したが、慌ててしまい、二段目、三段目の滝を撮影しなかったことが、残念至極であった。ヒノキ林が自然林となると、崩落によって道が寸断。ここをどうにか渡ると、頭上すぐそこに鞍部が近づいていた。
 950mコブ北東でその鞍部。向こう側は、ヤマザクラ、ミツバツツジがちらほらと咲き、滑らかな落ち葉の林床の垂涎の自然林であった。左がその自然林、右がヒノキ林で尾根を一段登ると、960mで北東へ棚。この棚奥から密で丈高のササが尾根を覆っていたが、その下端を右山で巻き登り、微細な尾根を北東へ登ると、1050m辺りで元の尾根に戻った。以降、東から溢れて来たカラマツ林の中、もはや密で丈高のササから逃れることができなくなった。やがて帰路とする西尾根出合南直下、西側で砂漠の中のオアシスのような落ち葉のスポット。
 ここにダブルマーキングをしておいて、身の丈有余のササを分け登ると、1120mの棚のかかりが西尾根出合であったが、藪の中の五里霧中とはこのことか・・・帰路のことを考えると、緊張した。棚を北東へ、編み込まれたような、身の丈有余のササを無我夢中で分け進み、最後に中急登すると、山頂と思しき痩せた棚の西端となったが、ササの海に深々と没し、三角点など探しようがなかった。
 山頂からの下降中、ルートを右に逸らしたが、懸命に修正して棚に乗ると、所々に残置したマイテープを追って、無事、帰路分岐の落ち葉のスポットに戻った。
 西尾根は、北カラマツ林、南自然林で、林下は密で身の丈有余のササ。南側にルートを採ればややササも疎で、楽観視して下ると、1070m辺りで地図の崩落地上端となり、突然、尾根がブチ切れた。すると踏み跡が現れ、ここで右へと回り込み、崩落地を左にして尾根を西へ下り続けると、970mで落ち葉の小広場。ここに枯れササのクマのベッド。以降、踏み跡が消えたが、なお西へと下り続けると、920mで、突然、巻道に出た。足元にごろりと転がっていたのは、「火の用心 官行造林 中部森林管理局」の立て看板。右は、落ち葉の自然林であったが、急斜面の上に道薄し。ただ、摺り下ることは、可能かと思われたが、どうか・・・。これが可能なら、ブログ「山だよねえ」で紹介された、2016.10.14.の記録の逆ルートが可能となるが・・・どうか。
 ここは左に入ると、間もなく右下方、合川の畔になにやら施設。点の記に木地師集落と記されていて、H.3.3.1.発行の「美濃焼山」に、人家記号が三つ記されている所であった。降りてみれば、なんと、中電の平谷水力発電所で、平谷(発)合川堰堤巡視路橋(1996.3.1.竣工)で合川を右岸に渡った。ここで漸く昼食。あとは春爛漫の林道を、のんびりと帰るだけであった。


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対岸に度肝抜く大崩落地を眺めながら、合川を遡る。


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栃大木の根元に、大正十年建立の石碑一つ。


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木地小屋の廃屋。遠い昔を思い描いてみて、歳月の非情を噛みしめた。


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その奥で、吊り橋の残骸。


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美しい渓流合川。


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同上。


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同上。


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西からの支沢に沿って合川の谷身へ。


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合川を渡渉。


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大沢を東へ。


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大沢が北東へ向くと、予想外の滝が現れる。


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滝は三段滝で、これがその一の滝。


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鞍部から尾根を行く。


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密で丈高のササの下端を右山で巻き登る。


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山頂部は痩せて棚状。執拗に行き来してみたが、ついに三角点は見つからず。おそらく流出。


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山頂から下降でルートを逸らしたが、懸命に修正して棚に戻ると、残置したマイテープを追う。


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わずかな落ち葉のスポットで、帰路分岐。これでも砂漠の中のオアシスのよう。


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西尾根を下る。


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崩落地の縁を下る。


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身の丈有余のササを分け下る。


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途中、落ち葉の小広場。


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突然、官行造林の巻道に出る。


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平谷水力発電所に出て、巡視路橋で合川を右岸の林道へ渡る。


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のんびりと春の林道を帰る。



 


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