番外・夜烏山 1319M 2等 中津川(伊那駒場) 山系・恵那山 2020.9.27. 

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夜烏沢を遡ると、予想だにしなかった大滝が現る。


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起点(平瀬橋南詰)・800>827・智里県有林歩道4号、炭焼き道分岐(700m)>837・夜烏沢出合(705m地点の炭焼き窯跡)・839>858・清和滝釜(750m)・907>942・県営林境界の巻道出合(795m)・944>1025・阿智神社からの県有林歩道出合(975m)・1036>1100・1030m鞍部・1103>1126・1110m鞍部(1151P東南東)・1131>1200・1230m棚南端・1202>1224・2等三角点夜烏山1319.4M・1228>1255・清内路村図根三角点(1260m棚北東端)・1347>1455・855P>1517・智里県有林歩道4号、炭焼き道分岐(700m)>1524・起点


 夜烏山は、恵那山が、その北方稜線の山南沢山を経て、阿知川とその支流の黒川の出合、あるいは横川川の出合へと向けて、南東へ分派した尾根の末端部を占める山で、その北の鞍部を上清内路と横川を結んで横川峠が越えている。山麓には、かつて最澄が東国巡礼の折、旅人の難儀を救うために建てたと伝わる無料宿泊所夜烏山広拯院とか、武田信玄火葬の地と伝わる広拯山長岳寺とかが知られているが、この山自体を訪れた人は少なかろう。だが、この地を古道東山道が通っていたことからすると、古事記、日本書紀等、万葉のいにしえから、これを行き交う人々の視野の隅に、この山があったことは間違いあるまい。
 この山は、既に一度、1999.11.7.に横川峠頂上から往復していた。それで21年後の今回、下清内路は平瀬、黒川と夜烏沢の出合から、夜烏沢水系の分水界を右回りで一周した。
 黒川に架かる林道鳥城(としろ)線平瀬橋南詰が起点。北詰から下流側へ右山で小径を下って無住の人家に差し掛かると、軒先に吊るされた入山者用の雑記帳。開いてみると、結構入山者があったが、中電とか、皆、仕事関係であった。この人家を左にして右山でなお巻くと、わずか先、植林入口に標識「智里県有林歩道4号」。この脇からその歩道を右山で辿ると、わずか先、700m地点で尾根に乗って、道が二分。夜烏沢を渡る県営林境界の歩道を探して辿ることにしていたぼくたちは、ここで左山で巻く歩道4号を帰路として右へ分けると、左へ右山で巻く藪っぽい山道に入って、夜烏沢を上流へと向かった。すると、間もなく微細な南東尾根末端に炭焼き窯跡。ここでもう夜烏沢に出てしまったが、対岸は断崖で道など有りようがなく、当てが外れて途方に暮れた。
 持参した地形図、地理院地図、いずれのものでも夜烏沢は、遡行容易に思えたので、800mの二又で尾根に取り付くことにして、遡行開始。すると、小さな落ち込みを越した先、谷が間延びしたS字を描いた先に、大滝の落ち口が覗いた。落差が分からず胸騒ぎがしたが、とにかく釜まで・・・と前進。間もなく750m地点で立ちはだかった滝に愕然とした。それは水量豊富で落差大きく、左脇に糸状の滝が寄り添い、釜は岩盤を抉って深く、両脇を岩壁が張り巡らした美しい滝であった。沢エキスパートならいざ知らず、初心で沢装備不備のぼくたちには、到底越せそうもない滝であった。
 県営林境界は、この滝の上流か・・・と思うと諦めきれず、とうとう手前で右岸に出合う支谷に偵察に出た。すると、765m地点にわずかな岩のステージを発見。下方で様子を窺う女房を招き寄せると、するするとザイルを出した。合流し、かすかなけもの道を拾って左山で巻き登ると、向こう側に大滝が望まれる770m地点で、支谷左岸の尾根に乗ったが、戦意喪失、谷遡行は放棄し、のけ反るような尾根ではあったが、カエデ主体の自然林の中、立ち木やら、剥き出す根やらを頼りに、これを攀じ登った。すると、なんとまあ、795m地点で巻道に出たが、脇に標識「県営林境界」。探し求めていたのはこの歩道であったので、もちろんここは左に入って右山で巻いたが、先程攀じ登った支谷が近づくと、歩道が崩落。対岸に目を凝らしてみたが、道はあるやなしか・・・。戻って尾根をひとしきり急登すると、やがて若い自然林の中、970mの棚で、阿智神社から続く別の県営林境界の歩道に出た。
 若い自然林の中、西進すると、800mの二又からの尾根が北から出合う1000mの棚のかかりのアカマツに、「火の用心」の札。ここで尾根が南西に向くと、夜烏沢左又側が、ブナ、ミズナラ、ツガ等々、大木交じりとなり、そのうち鬱蒼とした自然林となった。やがて1030mで滑らかな落ち葉の林床が広がる鞍部。北東の谷から来た朽ちかけた柵が、目前の壁を南へ直登し、辿って来た歩道がその西側に並行していた。ここで歩道を見限ると、大木疎立する中、左山で巻き、1040m辺りで南から落ちて来るサコに出たが、これがまた滑らかな落ち葉の林床にウダイカンバ、ヤマハンノキ、カツラ等々、疎立する垂涎のサコ。ここを嬉々として登ると、やがて1151P東南東、1110m鞍部で美しい自然林の1150mコブを越えて来た、あの見限った歩道に出た。
 垂涎の自然林の中、1151Pは右山で巻き、小岩点在する所からひとしきり急登して1230m棚南端となると、横川側が丈高の枯れササの林床のカラマツ林となり、これが、山頂を通り越して、横川峠分岐まで続いた。もちろんこのことは21年前から知っていた。横川峠分岐からは全面自然林の中、旧清内路、旧阿智境界尾根。これは県営林境界で、智里県有林歩道4号でもあった。4等三角点鳥城1018.4Mへと尾根を北へ分派する所には、白柱「清内路村図根三角点」。東へ分派する尾根に入ると、直下で昼食とした。13時13分、震度4~3の地震があった。
 下山開始。東尾根は、終始、自然林の中で、尾根が南東へ向くと、そのうち標識「県営林境界 長野県事務所」が連続し、白柱「清内路村図根三角点 917.64m」脇を通ると、ようやく855P。智里県営林境界がここから南進して、大滝上流側で夜烏沢を横断しているはずであったが、その歩道は見つけられず。もっともそれを、辿るつもりがなかったので、見つけられなかったのかも・・・。そのうち急な大斜面に大きく雷光形を切り、最後に右山で竹林上端を巻くと、往路の炭焼き道分岐に出た。
 すっかり日が陰ったあの無住の人家に差し掛かると、行く手で草刈機の音。平瀬橋北詰脇の畑で、作業中の人に出会ったが、この人こそ、あの無住の人家の旧家人、桜井喜美夫さんであった。現在は他所で一人暮らしだと言う彼に訊くと、滝は、桜井家地籍で、滝名は、零れんばかりの笑顔で、「清和滝」と答えられたが、どうやらそれは、亡くなった奥様の戒名からの命名のようであった。
 帰り支度を終えて、車の人となると、女房がぽつりと言った、「あまりに人恋しそうであったので、一緒に住んであげようかと思った・・・」と。


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無住の人家桜井宅。軒先に入山者用の雑記帳があった。


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その雑記帳。


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滑で夜烏沢に出る。


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夜烏沢を遡る。


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大滝には糸状の滝が寄り添う。


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その糸状の滝。


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大滝の釜は、岩盤を抉って深い。


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支谷左岸の尾根をよじ登る。


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阿智神社からのなだらかな尾根に出て行く。


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目の前に壁が立ちはだかる1030mの鞍部。


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歩道を離れてサコへと巻く。


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垂涎のサコに出る。


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ウダイカンバ、ヤマハンノキ、カツラ等々、大木疎立するサコを登る。


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サコから1150mコブ側の斜面を望む。


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1110m鞍部に出て、1150mコブ側を望む。


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1151Pへ。


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1151Pは巻いてしまい、1140mで鞍部に出る。


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小岩点在する所も・・・。


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同上。


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夜烏山頂の佇まい。


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横川峠分岐を過ぎ、自然林となって東尾根に入った所で昼食。


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旧清内路、旧阿智境界尾根を、智里県有林歩道4号で下る。


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同上。


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同上。


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同上。


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無住の人家の旧家人、桜井喜美夫さんと談笑。「よう行って来たな~」、と桜井さん。「死ぬかと思った!」、とぼくたち。沢は夜烏沢、滝は清和滝と教わる。








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この記事へのコメント

もんり
2020年10月01日 19:39
こんばんわ! 夜鳥谷の続きが知りたくてたまらなくなっています。
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2020年10月02日 10:22
もんりさん、コメントをありがとうございました。
是非ともお出かけください。
地図を見て、あんな滝があるとは思わなかった沢ですから、さらに上流にも、結構な滝があるのでは・・・と思って、悶々しているところです。
なお、「長野県県営林」、もしくは「県有林分布」のサイトに、
智里県有林の境界線を引いた地図が載っています。
夜烏沢は、鬱蒼とした自然林の中、両岸とも断崖続きなので、
素晴らしいかと思います。ただし、ぼくたちにとっては・・・と、
言っておきますね。
記録、首を長~くして待ってます。