番外・坊主ヶ城 1398M 2等高鳥屋 中津川(伊那駒場) 山系・空木岳>安平路山 2020.10.11.

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黒川は赤子淵を赤子橋で渡る。


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起点(萩の平906P)・808>817・車道終点>833・赤子淵・857>935・1020m棚西端・943>954・林道鳩打線出合(1065m)>1025・林道笠松線分岐1086P・1030>1053・鳩打峠頂上・1056>1139・1362P>1204・大明神ルート出合(1370m棚)>1210・2等三角点高鳥屋・1300>1303・坊主ヶ島分岐(1380m棚)>1409・4等坊主996.8M・1414>1421・作業路分岐(950m)>1429・坊主ヶ滝落ち口(910m)・1432>1441・作業路分岐(950m)・1444>1458・坊主ヶ沢渡渉点(885m)・1500>1505・坊主ヶ滝釜(895m)・1510>1516・坊主ヶ沢渡渉点(885m)>1519・坊主ヶ島北東端(最奥廃屋)(900m)>1533・石割東端(桜井良介宅)・1535>1553・起点


 坊主ヶ城は、安平路山が摺古木山を経て、黒川左岸へと南に分派した長大な尾根の末端部を梨子野山とともに占める山で、山頂には2等三角点高鳥屋1397.7Mが埋設されているが、山名は、北麓の坊主ヶ島に由来する。北の鞍部を「峠越ゆれば黒川狭霧 濡れたツツジのしおらしや」、と伊賀良音頭に唄われた、鳩打ち峠が越えているが、これは、大瀬木は牧平と、下清内路は萩の平とを結んだ古道であり、朝露を払いつつ馬の背、人の背で伊賀良のコメを運び、夕べに星を戴いて炭や材木を下清内路から持ち帰った生活道路であった。
 今回は、前述の萩の平起点に黒川を赤子淵で渡り、鳩打峠から信濃路自然歩道で登頂。帰路は、西の肩から4等三角点坊主996.8Mを経て、坊主ヶ島に下った。
 起点は、萩の平南西端の906P。ここは、リニア新幹線萩の平非常口ヤード整備工事現場の一角であった。車道を登り、北東約200mで北からの程久保沢、北西からの矢渕沢と連続して渡ると、この矢渕沢沿いに萩の平集落へと下る山道が分派。この約100m先で車道が終点となると、そのまま左山の山道となり、やがて東から黒樽川が出合う飯田、阿智境界となると、そこが赤子渕であった。
 畔に降りて遊んだ後、黒川を赤子橋で渡ると、道は滑滝連続する支流の黒樽川右岸をトラロープ付きの踏み跡で高巻いていたが、数十メートル先で、幅は狭いが川原が出現すると、トラロープとともに踏み跡が消え、途方に暮れた。ここはけもの道を拾いつつ、右山で急な斜面を攀じ登り、出合へと落ちる尾根に乗ると、向こう側が皆伐地となって、展望が一気に広がった。黒川の対岸に、端正な三角形となってせり上がった池の辻(つんじ)1436.4M(3等・池)。登り詰め、南側になお皆伐地が続く棚状の尾根を東進すると、手賀良と大平を結ぶ林道鳩打線に出て歩いたが、途中、3台の車と行き交ったのには驚いた。やがて林道笠松線分岐の1086P。このわずか先で鳩打隧道北口が、ぽっかりと口を開けていた。隧道を潜れば、南口が坊主ヶ城へと続く信濃路自然歩道の起点。だがここは、左脇で藪に覆われていた廃屋裏から藪っぽい峠の名残を拾って鳩打峠の頂上に出た。
 以降、22年前、1998.8.9.に辿った信濃路自然歩道。途中、男女二人連れの下山者と行き交うと、男性が何か言いたげであったが、前週、登ったばかりであったので、訊きもせず。途中、小笹が現れると、それがそのうち丈高となって道に被るようになり、ついに身の丈ほどになると、刈り払われた大明神ルートが南東尾根から出合った先で、「坊主ヶ城山頂小屋」前の草地の広場に出た。ここで昼食。誰もおらず、誰も来ず、大展望もぼくたちだけの、静かな山頂であった。
 帰路は、前週の往路。前週、見つからなかった4等坊主は、いとも簡単に見つかった。広い尾根の南側にあったのだ。この先、尾根末端からの危うい巻道を回避するために、950m地点で分派した作業路を南へと下ると、910m地点で坊主ヶ沢の谷身に出たが、そこはなんと、大滝の落ち口であった。対岸の急な斜面には、桟橋が二つ連続。奥のものは落ちており、手前のものは、橋板が朽ち落ちていた。その先、トラロープが導いていたが、けもの道すらなく、その先で作業路が復活。
 もちろん、分岐まで戻って尾根を下降。途中、微細な尾根を下降すると、前週の885m渡渉点わずか下流側で前週辿った巻道に出た。ここは、当然、坊主ヶ沢を遡ると、895m地点で前述の大滝の前に出た。
 渡渉点まで戻ると、前週の巻道で登り返したが、これは途中、折り返しがある、明らかに人為的な道であった。登り詰めると、坊主ヶ島最奥廃屋手前に炭焼き窯跡。ここからあの朽ちた桟橋への明瞭な巻道が出ていた。



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かつて手賀良と下清内路を結んだ道は、黒川赤子渕への遊歩道として、復活していた。


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美しい自然林の中に続く遊歩道を行く。


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赤子渕から赤子橋を見上げる。


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笠松山源頭の黒樽川が東から出合う赤子渕。奥がその黒樽川。


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赤子渕の畔を一段下流側に降りてみる。


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同上。


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そこから下流を望む。


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遊歩道に戻り、赤子橋に差し掛かる。


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橋を渡り、支流の黒樽川へ。


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黒樽川の滑。


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右岸の高巻から黒樽川を俯瞰。


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その高巻。結構これが長くて肝をつぶし、「これを戻るのは嫌だ」、とつぶやく。


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高巻が終ると、急な斜面をよじ登って、皆伐地に出る。


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その皆伐地から、黒川対岸に端正な三角形の池の辻(つんじ)。


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南側に皆伐地がなお続く棚状尾根を東進。黒川流れ行く先に、夜烏山北の尾根続きの渡城山1300.5M(4等横川)。


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自然林の中、林道鳩打線を行く。かつて大瀬木と萩の平とを結んだ生活道路鳩打峠は、いまは大平とを結ぶ林業の道に変貌した。


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林道笠松線分岐の藪に埋もれた廃屋奥から峠の古道に入ると、右下方に鳩打隧道北口が覗く。


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鳩打峠の藪っぽい黒川側を行く。


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鳩打峠頂上となると、向こう側から来た信濃路自然歩道に出る。脇に立つ「鳥獣保護区」の看板の向きから、ここで峠が黒川側に越えていたことがわかる。


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途中から小笹が現れると、それがそのうち丈高となって、道に被るようになる。


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ぽっかり空が明けると、坊主ヶ城山頂小屋前の草地の広場に出る。


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その山頂小屋。


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梨子野山へと続く信濃路自然歩道から離れ、坊主ヶ島への尾根に入る。これは、前週の往路。


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前週見つけられなかった4等三角点坊主が、いとも簡単に見つかる。


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分派する造林作業路を辿って坊主ヶ沢に降りると、そこは坊主ヶ滝の落ち口であった。


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対岸に朽ちた桟橋。そこからトラロープ。その先で作業路が復活。行く詰まるのが目に見えていた。


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前週の往路が、付け替え道であることが分かったが、懲りもせずまた坊主ヶ沢に降りると、そこが前回の作業路渡渉点付近であった。


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ここは当然、坊主ヶ沢を遡ると、わずか先で坊主ヶ滝が現れた。


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埋まったのか、釜はごく小さかった。


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坊主ヶ滝は、滝マニアも知らない無名滝。


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炭焼き窯跡脇から坊主ヶ島北東端の最奥廃屋に出る。








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