山ノ中立 610M 足助(足助) 山系・茶臼山>段戸山 2020.12.20.

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大見学校の廃校舎。ここから山ノ中立への古道に入る。


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起点(中電東大見水力発電所/神越川左岸255m地点)・937>943・R420,K364分岐>1002・大見学校廃校舎分岐253P>1040・古道出合(335m地点)・1050>1135・墓石「俗名おかん」(470m地点)・1144>1159・古道分岐(490m地点)・1204>1226・印地の人家・1238>1249・東洞実線分岐>1255・東洞古道分岐・1306>1321・大城乗越(565mの切通し)・1408>1457・神越ダム(大城渡渉点の橋脚)・1515>1547・起点


 三河の一大河川巴川の支流に、寧比曽岳あるいは出来山を源頭とする神越川があるが、山ノ中立は、安実京(あじきょう)の南東、この神越川とその支流の大見川の出合へと、東から尾根を落とす高原に拓かれた山村である。現住の人家は三軒であるが、西洞、印地、日向、東洞と無住の人家が点在している。昔、南北朝時代、南朝のとある姫が隠れ住んだと伝わる秘境で、住人はその家臣の子孫だと伝えられ、皆、内藤姓である。車道が東から入る以前、隣接する集落との往来の道は三条。北麓大城との往来の道は、夏にはこどもたちが水遊びに通った道。神越川はこの辺り、瀞、渕、滑、小滝等々、連続する渓谷である。南麓東大見との往来の道は、小、中学校併設の大見学校の通学の道。急いで下れば、十分ほどで学校に着いたとか・・・。
 この何やら秘密めいたこの山上の村には、東大見から通学の道で訪ね、水遊びの通い道で神越渓谷へと抜けた。起点は、神越渓谷の中電東大見水力発電所。K364を南進し、R420に出ると、最初の集落西貝戸で道を訊いた。教えられた通りに西貝戸川を渡り、253Pから右山で北へ登ると、懐かしい匂いがする廃校舎大見学校前に出た。
 ここから西貝戸川に沿って左岸を歩道で登ったが、右手には小さな運動場と思しき広場が何段か続き、最上段まで来て古道の発端を探したが、見つからなかった。それで広場の南東の端から踏み跡を拾い、カヤトとなった左岸の尾根に乗ると、竹交じりのヒノキ林の中、これを北東へ登った。すると、335m地点で突然左からの立派な古道に出た。
 明るい雑木林の中、尾根に絡んで延びるこれを喜々として登り、しだいに大岩、小岩が点在するようになると、所々で倒木により古道が寸断されたが、藪はないので迂回も容易。470m地点には墓石が二つ。そのうち一つには、「俗名 おかん」、「文化二 丑年四月八日」、もう一つには、「寛政九 巳年 八月二十六日」の文字。480m辺りから石垣に沿って登ると、この石垣の最上段、490m地点で古道が右山と左山に二分。左の右山の道が破線の道であったが、ここは古道らしい右の道に入ると、谷側の小岩の上に「秋葉山」、「天明六年正月」、「内藤三治郎」と刻まれた石仏。さらにもう一つ谷側に石仏を見ていくと、茶畑の中を巻き登った先で、引地の人家裏に出た。ここで畑の世話に町から来ていた人に出会ったが、この人も内藤さんで、「昔、ここから麓の小学校に通ったよ」と、無邪気に歌い暮らしたる故郷の山村を思い返すかのようなまなざしを、樹間に覗く伊勢湾へと投げかけていた。
 小さな峠を東へ越え、山手に茅葺の人家、中之神社と見て、梅畑の中を東へゆるゆる下ると、東洞で左に分派する実線の車道に入った先に、瓦葺の人家。そこにここが実家だと言う岡崎からの若い人。大城への道を訊いたが、田ノ尻経由の道を勧めるばかりであった。
 古道の入口は、分かりづらかった。北へサコを登る道を分け、南東へ入る車道の先に無住の人家を見ると、荒れた山道らしきものに入った。すると忽ち明瞭な左山の巻道となり東進。小さな墓地を山手に見ると、谷側に廃屋二棟を見た先で、北へ越す小さな峠の切通しに出た。これで漸く帰路が確保されたので、南に入り、日溜りで遅い昼食。
 再び歩き始め、ヒノキ林の中、左山で古道を北へ入ると、ちらほらと残雪。間もなく谷へ入り、右岸に古道が続くようになると、山手が自然林、谷側がヒノキ中木林となって続いた。525m地点で二又となると、湿地状の大凹地。以降、滑らかな落ち葉の林床の自然林の中、緩傾斜の右岸側にうっすらと古道らしきものが続いたが、480m辺りから460m辺りかけて、二か所で小規模な土砂崩れによって道が寸断。440m辺りからは、岩交じりの急な斜面の細い巻道。425m地点で右の北北西尾根に乗ると、東自然林、西ヒノキの中木林で中急下降。405m地点で微細な尾根が北北東へ分派すると、驚くべきことに、ここに古道マニアのものと思しき黄色紐。
 以降、道はなく、左の谷へと向けて急な斜面にけもの道を拾いつつ下り、390m地点で谷に出ると、右岸を山道が下っていた。最後は法面の石垣をロープを出して摺り下り、ダム脇でK364に出た。
 大城への名残の橋脚をダム下流側に懐かしく眺めると、途中、心岩なる奇岩、道庵坊主の滝、椿岩等々、見物しながら神越渓谷を下った。


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大見学校の廃校舎。懐かしい匂いがした。


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西貝戸川に沿って左岸の歩道を登ると、右手に小さな運動場と思しき広場が何段か続いた。


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カヤトの左岸尾根から来し方に大見学校の廃校舎。


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突然古道に出る。


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尾根に絡んで古道を行く。


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大岩、小岩も点在。


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側面に「俗名 おかん」と彫られた墓石。


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石垣に沿って登る。


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二分した古道を右に入ると、小岩の上に「秋葉山」と彫られた石像。


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引地の人家裏に出る。


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小さな峠を東に越すと、中之神社がある日向ののどかな谷に、ウメ畑(右)が広がる。


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(右奥に)東洞の無住の人家が覗くと、古道に入る。入口が荒れていて、分かりづらかった。


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大城への小さな峠に差し掛かると、南に入った日溜りで昼食。


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525mの二又を過ぎると、美しい自然林の中となる。


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この先で、南からの小さなサコを渡る。


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そのサコを渡った所から来し方。


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所々で倒木も・・・。


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最後は左山で巻いて、K364への下降点を探す。


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このダムの右側に降りて来た。


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神越渓谷の滑床。この滑の末端に道庵坊主の滝があるはずだが、渓谷は干上がっていた。

 

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この記事へのコメント

wander
2020年12月24日 22:40
おやっ?
今までとはちょっと趣向が異なる山歩きのように感じました。
雪がつく前のこの微妙な時期だからでしょうか。
それとも、行くピークがなくなってきて、的を谷歩きや峠越えにしようとしているとか・・・?
勝手な想像ですが。
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2020年12月25日 10:02
九分九厘、あってます。
当初の計画は、平谷は合川山の北面周回でしたが、
かの地の冬期は、北海道は旭川並の低温地域と言うことで、
足助に転じました。
でも、ここも北面は寒かったです~。
「無邪気に歌い暮らしたる故郷の山村」。
村を去った人が、そう懐かしむ秘境を探して、冬は登ろうかと思っています。
ラッセルなんて、もうできませんから・・・。
は、は、は、wanderさん宛ての年賀状にも、そんなことを書いてしましましたが・・・。