上八木沢ノ頭 167M 4等鵜ヶ瀬 豊田(豊田南部) 山系・茶臼山>段戸山 2021.1.9.

IMG_0189.JPG
4等鵜ヶ瀬東約160mのコブを占拠した巨岩は、真っ二つに割れていた。


IMG_20210112_0001.jpg
起点(滝川左岸R301地蔵脇)・832>852・破線の谷出合(送電線巡視路標柱)>929・稜線150m鞍部(古道出合1)>959・4等鵜ヶ瀬167.4M・1006>1018・南尾根分岐(古道出合2)・1020>1058・巨岩上の石碑群・1106>1119・河原橋北詰>1132・無名の小峠頂上(岩谷山西の登山口)・1141>1240・岩谷山195P・1325>1356・大内、大給分岐の小峠頂上・1358>1445・大給城跡主郭四阿・1500>1529・起点


 上八木沢ノ頭は、巴川と支流の滝川の出合へと、東から尾根を落とすコブで、滝川の対岸、松平中学からは、北東に仰ぎ見る山である。
 この山は、地元のベテランエスジーさんから教わったが、ルートは独自ルート。巴川の出合から滝川を遡ると、大給からの車道が南から出合うR301の右カーブ地点の左側路肩に地蔵(グーグルマップにも表示)。ここが起点。まず対岸の上八木沢ノ頭を訪ね、帰路はう~んと遠回りして、岩谷山(195P)、大給城跡経由で起点に戻った。
 地蔵からは、滝川へとダイレクトに道が出ているが、流出したのか滝川を渡る橋はなく、滝川をR301で約160m遡ると、対岸の廃屋へと向けて、廃道に入って下った。そこで対面交通規制のための誘導をしているお兄さんから、「対岸には道はないよ!」と、言葉を背に受けながら・・・。
 青いスチール製の橋で滝川を渡ると、下流側山手に岩が累々。その基部には祠があった。踏み跡を拾いつつ、なお下流側へと巻いて、南尾根に差し掛かると、なんと、そこにあるとは思わなかった、褪色した中電東部額田線鉄塔19の巡視路標柱。旧巡視路は、当初遡るつもりであった北からの谷へ破線をトレースして入っていたが、谷身は密で丈高のササに埋まっていた。入口に滝が架かる右又を分けて左又に入ると、笹原にはけもの道が錯綜。ここはもう谷を二分する尾根に取り付くと、雑木の低、中木林の中を北へ登った。
 150mの鞍部で稜線に出ると、古道らしき幅広の道が破線をトレースして通っていて、北ヒノキ林でこれを西進すると、間もなく分派する南尾根にそれが遠ざかった。170mコブは、真っ二つに割れた巨岩が占拠。ここから垂涎の自然林となった台地状の尾根を西進すると、なだらかに盛り上がった岩含みのコブに、4等三角点鵜ヶ瀬が埋まっていた。素敵な所であったので、ここで昼食を・・・とも思ったが、岩谷山へと向けて下山を開始。
 戻って南尾根に古道を辿ると、直下の140m鞍部で足元にごろりと古い標柱。そこには、来し方「歌石」、行く手「岩谷山」、そしてここは「辰の道」、とあった。破線と連結すべく、谷を下る古道を右に分け、岩含みの自然林の中、そのまま尾根通しで150mコブを西へ越していくと、85m地点の巨岩上に「駒ヶ岳大神」、「立山大神」、「浅間大神」等々、石碑群。この先で上八木沢砂防ダム堤頂に出ると、谷を下って来た古道に再会した。
 滝川を河原橋で渡り、松平中学を右にして菅沼への道を登ると、途中、左に分派する車道に入った先で、無名の小峠の頂上。ここが、岩谷山の西の登山口で、尾根線を前述の「辰の道」が横断。
 尾根線に絡む道(辰の道)は、八十八弘法巡りの古道を松平観光自然歩道として整備したもので、途中、胎内くぐりなんぞしながら岩含みの山を登ると、山頂南側の日溜りで、岩を背にして昼食。有名山岳だと思ったが、誰もおらず、誰も来ず、ぼくたちだけの静かな山頂であった。
 東の大給城跡へと向かい、南側を巻いて、東側を巻く辺りに差し掛かると、なんと、鎖場。この上端からは、岩壁をきわどくへつる道。手すりがあるものの、膝をつき、這って通過しなければならなかった。すると、連続して垂直の岩壁のど真ん中を胎内くぐり。息を着く間もないスリリングな道であった。
 岩谷山東の鞍部となると、大内と大給を結ぶ峰越しの車道に出た。ここは右に入り、直後の三叉路は左に入ると、またすぐ道が二分。ここは左山の有力な巻道を右に分け、尾根に続く細道に入ると、間もなく墓地で道が終っていた。構わず尾根線を進むと、地蔵等、石仏を安置する小屋前を通って大給城跡の遺構と思しき(西の)堀切に出た。向こう側は岩壁で、ここへ右後方から、下方で分けた有力な道が出合い、これを左山で辿ると、わずか先で大給集落からの破線が出合った。直後、南側に人工的な台地が現れると、そこは、城主の館跡。東側から主郭の山頂台地に出ると、西端に四阿。その西、一段下方が物見岩の展望台で、この岩をボルダリングする人あり。
 東端の虎口から山頂台地を出ると、210mコブ南西、東の堀切と思しき鞍部に、中電東部額田線の巡視路標柱があり、鉄塔19への巡視路が谷を北西へと下っていた。
 竹林の中、これを下り、自然林の中を北へ下ると、突き当り三叉路の向こう側に神明社。ここは左に入って左山で下ると、昔々、城守の館があったと伝わる立派な石垣脇から大内の里に出た。突き当り三叉路を右に入るとR301。向こう側が、起点の地蔵であった。


IMG_0145.JPG
ここが起点、R301脇の地蔵。


IMG_0152.JPG
対岸の廃屋目指して滝川へ。


IMG_0155.JPG
青いスチール製の橋で滝川を渡る。


IMG_0157.JPG
その橋から滝川下流側を望む。


IMG_0163.JPG
滝川を下流側へ。


IMG_0166.JPG
すると、岩の基部に祠。


IMG_0169.JPG
巻道でさらに下流側へ。


IMG_0175.JPG
旧巡視路標柱脇から破線の谷へ。


IMG_0179.JPG
谷から尾根へ。


IMG_0227.JPG
170mコブは、真っ二つに割れた巨岩で占拠されていた。


IMG_0200.JPG
美しい台地状の尾根を西進。


IMG_0221.JPG
同上。


IMG_0204.JPG
同上。


IMG_0213.JPG
山頂の佇まい。


IMG_0253.JPG
谷へ下る古道を分けて、尾根を下る。


IMG_0255.JPG
同上。


IMG_0266.JPG
石碑群に差し掛かる。


IMG_0270.JPG
その石碑群の下方には巨岩。


IMG_0284.JPG
滝川対岸の松平中学から上八木沢ノ頭(左)と、帰路の尾根(右)。


IMG_0291.JPG
八十八弘法巡りの道で、岩谷山を登る。


IMG_0301.JPG
同上。


IMG_0325.JPG
西の胎内くぐり。


IMG_0334.JPG
指呼の間に山頂の展望岩。


IMG_0336.JPG
その岩を巻く。


IMG_0357.JPG
岩谷山の東面を巻く所に差し掛かると鎖場。


IMG_0361.JPG
鎖場を通過すると、岩壁をきわどくへつる道。


IMG_0368.JPG
すると連続して東の胎内くぐり。


IMG_0433.JPG
大給城跡西端、展望の物見岩。


IMG_0445.JPG
東の堀切から谷へ送電線の巡視路を下ると、突き当り三叉路に神明社。


IMG_0451.JPG
昔々、城守の館があったと伝わる立派な石垣脇から、大内の里に出る。




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

やまねのね
2021年02月20日 12:37
昨日、カエル谷の帰りに、大給城址から岩谷山(弘法山)を出来るだけ道以外を歩いて来た所です。
今度、こちらへお出でのさいは、ぜひ、カエル谷へお寄りください。
今の季節なら焼き芋をご馳走出来ます。
カエル谷は、岩谷山の南南西530mほどの所です。

三角点鵜ヶ瀬なついでに来られたとのこと、ご一緒したかったです。
float cloud
2021年02月20日 17:40
えーそうだったんですか~。
カエル谷が、そこにあったとは~。
わかっていたなら、訪ねたかったです。残念。
またの機会に、是非、お訪ねしたいと思います。
本日(2.20.)、沢ノ堂から3等冷田を訪ねて来ましたが、
これもまた後の祭りでしたね。