平山明神山 970M 田口(田口) 山系・茶臼山>明神山 1996.12.22.

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2002.2.10.、花丸から明神山。里は平山。


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起点(バス停「和市」東の東海自然歩道起点)・905>935・鹿島山912P>950・大鈴山1011.5M・1005>1045・キレット・1105>1120・明神山西の覗き・1240>1250・キレット・1300>1317・867P・1340>1515・堤石峠頂上・1525>1545・岩古谷山799P>1635・起点


 平山明神山は、設楽、東栄に跨る設楽山脈の主稜で、南麓の大神田(おおかだ)の裏山である。低くて小さな山であるが、設楽山脈きっての岩峰で、たとえば遠方の伊那谷や、遠江の山々からでもそれと視認できるほど特徴ある山容をしていて、良く目立つ山である。
 この山は、南西麓の和市を起点に途中まで東海自然歩道を辿って鹿島山、大鈴山と経て登頂後、帰路は、867P、矢筈山、岩古谷山、堤石トンネル西口と経て周回したが、当時はまだ、明神山、堤石峠頂上間がまだ未整備で、大変な難路であった。
 大鈴山には鹿島山を経る定番ルートで登り、少し戻った分岐から雑木林の中、東栄、設楽境界に入って南南東に尾根を下降した。予想外に良い道であったが、鞍部からの登り返しは、いきなり岩場。ここを通過すると、後は雑木林のなだらかな尾根が続いた。途中、867Pへの酷く曖昧な尾根を右に分けると、やがて樹林が切れて、目も眩む岩場に出た。行く手目の前には、黒い怪物のような平山明神山。平山明神へのキレットであった。展望は抜群で、重畳たる山並みの彼方に南アルプスの白き大連嶺。キレットを渡ると鞍部。「東の覗き」を左に見て、樹林の中をゆるゆる登ると、平山明神山の山頂となったが、展望もなく、山頂らしい風情もない、つまらない所であった。向こう側に下ると、僅か先で岩盤上に出た。「西の覗き」であった。ここで昼食を摂っていると、来し方から単独者が来た。珍しく若い女性であった。田口から歩いて来たなどと言うものだから、帰路は彼女と行動を伴にすることにした。
 分岐まで戻り、斜面状の尾根に微かな踏み跡を辿って急下降すると、鞍部から867Pに登り返すまでは良かったが、踏み跡を辿って下ると、なんと、元の鞍部に戻ってしまって大慌て。再び867Pに登り返し、別の踏み跡に入ってみると、これは正しかったようで、樹間越しに辿るべき尾根と思しきものが覗いていた。
 すぐさま崖状の所の摺り下りとなったが、疎ではあるが幼、低木が頼りとなり、土とか岩礫とかも堆積していて危険を感じることもなく通過。激しい起伏の尾根を無我夢中になって前進すると、やがて行く手が見通せる顕著なコブとなったが、どうやらそこは、矢筈山南峰の810mコブのようであった。指呼の間に岩古谷山。岩交じりの崖状の所をひとしきり下降すると、東に大きく開け、三ツ瀬明神山、御殿山が望まれる岩場に出た。僅かに下ると、そこが堤石峠の頂上であった。
 左に黒倉への道を分け、和市からの東海自然歩道に入って南西に登ると、なだらかなコブを越して、岩壁に貼り付けられた階段を登った。そして鎖場を通過すると、大展望の広い岩盤上に出た。肩を怒らせた三ツ瀬明神山が素晴らしく、彼方には日本ヶ塚山も望まれた。この先に広場があって、その奥にも展望台799Pがあった。ここからは西側に開けており、眼下にのどかな佇まいを見せて和市の家並。そしてその背後に、一大山塊となった鹿島山と大鈴山。
 広場から破線の歩道で北へ、西へと下ると、夫婦滝を掠めて、堤石トンネルの西口に出た。
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大鈴山山頂の佇まい。
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明神山西のキレット1
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明神山西のキレット2。
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明神山西の覗きで昼食。
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激しい起伏の矢筈山を行く。
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岩古谷山から越えて来た矢筈山と、後方に明神山(右)、大鈴山。

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