下日沢川ノ頭 298M 2等御作村 明智(小渡) 山系・恵那山>焼山 2018.12.23.

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断続的に小雨降る中を登頂。


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起点(下日沢川出合90P北約200mの大沢川支谷出合)・906>921・川口城址(城ヶ峰)・930>1006・4等三角点後山(のちやま)209.5M・1015>1106・280mコブ(展望の岩)・1115>1137・峠頂上(大沢林道切通)・1139>1221・中電飯野分岐線鉄塔2・1223>1239・2等三角点御作村297.6M・1243>1246・270m小棚(昼食)・1402>1411・鉄塔2>1438・中電百月西広瀬線鉄塔12>1454・大沢池・1507>1514・起点


 下日沢川ノ頭は、矢作川中流域の支流犬伏川の左岸の尾根にあって、矢作川との分水嶺の一角を成し、南流、東流して、90Pで大沢川とともに矢作川に出合う下日沢川の源頭である。この川の出合の対岸には、西流して来る一大支流の阿摺川が落合橋を潜って出合い、そのわずか上流の矢作川には、藤岡は下川口と足助は月原(わちはら)を結んで加茂橋が架かっている。この辺り落合と言って見通しがきくことから、下川口天神社裏の高台には、かつて山城(川口城址)があった。
 この山は、4等後山(のちやま)209.5Mを源頭とする大沢川の支谷出合(90P北約200m)を起点に、川口城址(城ヶ峰)を往復後、田跡の谷を遡ってまず後山の三角点を踏み、尾根伝いに西進して、大沢林道が切り通す峠の頂上213Pに出た。そして街道のような立派な道で尾根を南進して、250mコブで大沢川と下日沢川の分水界に出ると、送電線巡視路で尾根を西進して登頂。終始明るい雑木林の中であったが、出発時から断続的に小雨、霧雨が降る悪天候であったので、帰路は、この分水界を東へ下り、公園化した大沢池に出た。この山は、この山域に超詳しいやまねのねさんに教わったが、ルートは独自。
 この日は久しぶりにマッサン(池島在住)もパーティーに加わって賑やか。大沢池を中心に一帯が公園化されていたので、川口城址は支谷から北の鞍部に出て往復したが、高台には四阿があった。
 鞍部まで戻ると北進し、次の鞍部で左、元の支谷へ。美奈子ちゃんとマッサンは、目の前に落ちている尾根を北進したが、嫌がる女房を引っ張ってぼくは、湿地化した田跡の谷を北進して後山へ。4等三角点後山の北に隣接して建つ送電鉄塔が尾根を占拠していて閉口したが、ここで合流すると、尾根を西進。途中、280mコブの南側には展望の小岩が連続。
 峠頂上213Pを横断すると、道が一段と良くなったが、パーティーの人数が多くなるほど他人任せになるようで、右山で巻き登って尾根に乗ると、そのまま尾根を南南東へ下ってルートを逸らすシーンも。修正する途中でまた小雨。憮然として下り、そして登り、送電鉄塔が建つ250mコブで大沢川と下日沢川の分水界に出ると、もう駆けるようにしてこの巡視路が通る分水界を西進して登頂。即、踵を翻すと、270m辺りの小棚で頭上にタープを張って、昼食とした。いつものことだが、昼食を済ますと皆機嫌が良くなったが、悪天候下での271P経由の周回は気が進まず、尾根を東へ巡視路で下り続けて、大沢池堤頂に出た。
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川口城址には四阿があった。
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湿地化した田跡の谷を北進。
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280mコブ南側には展望の小岩が連続。
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峠頂上213Pは、大沢林道が切り通す。右から下降。
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ルートを修正し、240mコブへ。
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昼食は、念のために頭上にタープを張って賑やかに。
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往路を左に分けた先の250mコブ辺り。
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コナラ、マツが多い、典型的な里山低山の明るい雑木林が続く。
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小岩は往路の方が多く、帰路は稀。
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行く手にルート中最後の鉄塔が覗く。
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ここが起点。往路はここから奥へ歩道を行く。

この記事へのコメント

やまねのね
2018年12月26日 21:01
時折、小雨降る中、お疲れ様でした。
280mコブ南側の小岩が連続する辺りから、冬場の気象条件が良いときに、白く輝くピラミダルな聖岳を見ることが出来ます。
また、機会があったらお出でください。
2018年12月27日 08:30
雲間に浮かぶ黒い山脈を見て、「あれはなんですかね~」とマッサン。
「もしかしたら、南アじゃないの~」と女房。
「そう言えば聖が見えるとやまねのねさんが・・・」tぼく。
方向が違うんじゃないかと思いましたが、そうですか~、あそこから見えるんですね、残念!